【後編】バトンで繋げる、魚が残る未来

【後編】【バトンで繋げる、魚が残る未来

取材:柴田涼平  文:三川璃子 写真:飯塚諒


ーーあなたが未来に残したいものは?

「魚を食べる、魚を想う、文化が残って欲しい」

そう語るのは、一鱗共同水産株式会社、3代目 経営企画室室長を担う本間雅広さんです。

一鱗共同水産株式会社は、1959年創業の老舗水産仲卸会社。主に札幌市中央卸売市場を拠点に、鮮魚を見極め、選んだ魚を市内大手スーパーや量販店に卸しています。「選魚のプロ」として市場の信頼をつくっている会社です。

前回に引き続き、本間さんの過去・未来編。本間さんはなぜ、今寝る間を惜しんで働くのか。そこには過去の体験と今後未来に描きたいものがあったからでした。

目次

反面教師から学ぶ、なりたい自分

苦しい話をも笑い話に変えるトーク力を持つ本間さん。取材陣を終始笑わせてくれました。

しかし、本間さんの明るく話される背景には壮絶な学生時代があったのです。「地獄を知ったんで、これ以上辛いものはないです」ーーそんな言葉が生まれた、過去をひもといていきます。

全ては恩を返すため。地獄に耐えた学生時代

ーー本間さんはどんな子どもだったと思いますか?

本間:僕の根本は人見知りです。大人に対してはとても冷たくて、愛想のない子だと思われていたはずです。

でも、人前に出るのは好きなんですよね。幼稚園の頃、クリスマスプレゼントに「バカ殿のカツラを買って欲しい」ってお願いして、それを被って友達に見せたりしてました。貴重なクリスマスプレゼントを人を笑わせるために使うなんて、今思うと当時の自分すごいなって思いますね。

実は、幼稚園のときは身体が弱くて、スポーツはできなかったんですけど、小学生に上がって元気になった頃、幼馴染に誘われて「ソフトテニス」に出会うことになりました。これが地獄の始まりです(笑)

ーーどんな風に地獄がはじまるんでしょうか…?本間さんはやりたくてソフトテニスをやり始めたのではないんですか?

本間:全然やりたくなかったと思います。いざ入ってみたら全国大会出場の常連チームで、すごいスパルタだったんです。サングラスかけて竹刀を持った怖い監督がいるんですよ。やばいですよね。

当時小学生の自分は、「辞めたい」と素直に言えなかったんだと思います。辞められないままダラダラ続けてたら、先輩と組んで北海道優勝したり。気づいたら自分も強豪チームの選手になってました。

大学まで続く、僕の長いソフトテニス人生が始まったのは小学6年のとき。

北海道選抜で挑んだ全国大会が2位の結果で終わったことがきっかけでした。最後の試合で僕が足を引っ張って負けたので、一緒に戦ったメンバーには申し訳なくて。彼らに「借りを返したい」と強く思ったんです。リベンジすべく、中学・高校とソフトテニスは続け、同じメンバーで高校にも進学しました。

ーーメンバーに「借りを返す」ために続けたんですね。義理堅いですね。

本間:テニスは正直一度も「楽しい」と思ったことはないです。人のためにやっていたから続けられたんだと思います。

そんな感じで続けてたソフトテニスですが、高校時代は本当に振り返りたくないくらい苦しかったですね。

ーー高校時代、そんなに苦しい試練があったんですか?

本間:今の時代じゃ考えられない、監督からの厳しすぎる指導が山ほどあって。試合に負けると裏に呼び出される…そんな状況です。

高校も全道大会を連覇しているところに入ったんですが、僕の時代で連覇を止めちゃう事件があったんです。真面目に練習してたんですが、部員の不祥事があって練習を禁止される中大会にでなきゃいけない状況でした。

負けたら、監督に激怒される。そのプレッシャーの中過ごすのは地獄でしたね。しかも自分の目標であるメンバーに借りを返すこともできない。あの時はおかしくなりそうでした。親が心配するくらい完全に闇に落ちていたと思う。

苦しい高校時代だけは、死んでも繰り返したくないです。

でも、あの時代があったからこそ、「これ以上に苦しいものはない」って思える。ある程度苦しいことがあっても乗り越えられているんだと思いますね。

ーーそんな苦しい高校生活を通して、高校教師になろうと思ったのはなぜですか?

本間:恩師とかはいないんですが、高校の苦しさを経験してこんな先生にはなりたくないっていう反面教師はいました。「こうはなりたくない」って気持ちはありましたね。

不真面目なのに、なぜか勉強はできるタイプだったんで先生に嫌われることも多かったと思います。だから、あまり先生を頼ることもなかった。

シンプルにテレビで「金八先生」を見ていいなと思って、教師を目指したと思います。大学も教員免許の取れるところを最低条件で探しました。

明日生きているか分からない

苦しい高校時代を経て、教員を目指すために進学した大学は、宮城県にある東北福祉大学でした。2011年の東日本大震災があったのも大学在学中だったといいます。

ーー大学ではどんな風に過ごされていましたか?

本間:いやぁ、勉強もしないで遊んでばっかりの生活をしてました。高校の心残りがあったんで、大学でもソフトテニスは続けてたんですけど、練習はあんまり出なくなってました。

そんな中、自分の行動を見直したのは3.11東日本大震災がきっかけでした。

僕はちょうどソフトテニス部の合宿で沖縄にいました。テニスコートで練習していたら、「大きい地震があったみたいだから、練習中止しよう」って声をかけられたんです。

テレビを見たら、自分たちが住んでいるところに津波が来る様子が映っていました。自分も仙台空港に車を置いていたので、津波の被害は受けました。「あ、俺の車流されてる」ーー現実とは思えない映像を見ながら思ってました。

大学の友達は大体地元が宮城だったので、みんな青ざめた顔をしていました。あの時は僕たちもどうすればいいかわからない、そんな状況でしたね。

ーー震災場所は、本間さんが日常を過ごしている身近な場所だったんですね。

本間:少し落ち着いて4月ごろ、大学の監督の地元が石巻だったこともあって、復興ボランティアに参加しました。

そこで見た景色は今でも忘れないです。家はないのに階段だけがそこに残っていたり、ヘドロまみれで、まちがなくなっている状態。

初めて「自分も明日がないかもしれない」と思いました。いつ死ぬかわからない。だから今をちゃんと生きようと思えた体験でした。

その後、大学4年の1年間は精一杯やりました。ソフトテニスも強豪校に勝って、有終の美を飾れて、長年続けてきたものが報われたと思います。

震災があったことで、僕の人生観は確実に変わりました。明日はあると思っちゃいけない。今がよければよしって訳ではないですが、今輝かないと未来もないと思う。今もこの考えは大事にしてます。

魚への想いを未来に残したい

「今輝くことが、未来につながる」と語る本間さんの未来に残したいものをうかがいます。

ーー会社として、どんな展望をもっていますか?

本間:会社としては付加価値のある仲卸を目指していきたいです。僕たちが選んだ魚にもっと価値を残したい。

僕たちは選魚のプロ。選ぶことで小売の人たちを助けることができるようにしていきたい。

そのために、僕たち自身が小売の立場になって学ぶことも必要かなと思ってます。売り方のノウハウも持ちながら、魚のコンサルタントとして提案できるまでになりたい。

他の分野を知ることで多様な発想を得る。獲るところから売るところまで知らないと、意味がないんです。

魚に対して真摯にプロになる。だから漁師のことも知るべき。

手に届くまでの想いや苦しみを知り、一緒に届けないといけない。

写真提供:一鱗共同水産

うちだけじゃなく、全体が盛り上がってくれたら市場、仲卸とかで働きたいと思ってくれる人が増えるかもしれない。

一緒に考えて、切磋琢磨して盛り上がることで水産業の価値が上がる。みんなが魚を食べることにつながると思っています。

ーー本間さん自身はどんな未来を描き、未来にどんなことを残していきたいですか?

本間:2019年に川口さんっていう漁師に出会ったんですけど、この人が本当にエネルギーに溢れた人で、すごく影響を受けました。

2020年に白血病で亡くなってしまったんですが、出会った時は病気を患っていると思わせないくらい元気に楽しそうに働いていました。

川口さんに出会って、魚への想いやパワーは繋いでいかないといけないと思ったんですよね。水産業界に生まれた自分の使命を感じました。

僕も死んだ時、川口さんに「僕も水産業界、こんなことしてきたよ!」って報告したい。

年々、日本の水揚げ量は減少しています。魚のある未来を残すために、海を豊かにする活動は今後もやっていきます。

僕は一鱗共同水産の3代目。後継ぎってバトンを受け取る立場だと思ってるんです。

祖父、父、そして自分に渡される。いろんな人の想いがバトンにくっついて渡される。

バトンがどんどん太くなって、未来にもずっと続いていってほしい。

太いバトンを残せる、文化をつくりたい。

魚に対する想いを、バトンをつないで未来に残していきます。


一鱗共同水産、本間さんの現在の活動については、前編で紹介しています。
【前編】バトンで繋げる、魚が残る未来

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本間雅広(ほんま まさひろ)
■一鱗共同水産株式会社 経営企画室室長
■一鱗共同水産公式サイト:https://www.ichiuroko.co.jp/
■公式SNS: Instagram / Twitter / Facebook
■一鱗酒場:https://www.hotpepper.jp/strJ001250855/

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この記事を書いた人

「拝啓、未来」編集長
想いをていねいに綴る。その人の“ありのまま”の言葉を大事にしています。

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