【前編】バトンで繋げる、魚が残る未来

バトンでつなげる、魚が残る未来

取材:柴田涼平 文:三川璃子 写真:飯塚諒


ーーあなたが未来に残したいものは?

「魚を食べる、魚を想う、文化が残って欲しい」

そう語るのは、一鱗共同水産株式会社、3代目 経営企画室室長を担う本間雅広さんです。

一鱗共同水産株式会社は、1959年創業の老舗水産仲卸会社。主に札幌市中央卸売市場を拠点に、鮮魚を見極め、選んだ魚を市内大手スーパーや量販店に卸しています。「選魚のプロ」として市場の信頼をつくっている会社です。

日本では年々、水揚げ量が減り続けています。 理由は気候変動に伴う海水温の上昇や資源管理の不備など。他にも理由はありますが、このままだと将来的に日本に魚がいなくなる可能性があるといいます。

そんな中、本間さんは魚の未来に立ち向かい、先代や出会いの中で受け取ったバトンを握り走り続けていました。

レールから外れて広がった、魚屋の可能性

創業から60余年続く一鱗共同水産。長い道のりを感じる、風情のある事務所の門をくぐります。

入ってすぐ取材陣を明るく出迎えてくれた本間さん。「これかっこいいでしょ」とまず手渡されたのは可愛いらしいパンフレット。昔ながらの魚屋のイメージからは想像できないビジュアルです。

ーーこのパンフレットすごい素敵です。斬新なかたちですね。

本間:ノーマルの四角いパンフレットではなく、ちょっと目を引く形にしようってことで、デザイナーやライターさんに協力してもらって作成しました。

ーーパンフレットをつくろうと思ったきっかけはあったんですか?

本間:採用を始めようと思った時、僕たちがどんな活動をしているか伝えるためにパンフレットを持っていこうと思ったら、創業当時に作ったものしかなくて。

それがめちゃくちゃ古かったんです(笑)「いつの写真?」って写真が載ってたり、年表も平成元年で止まってる。これじゃダメだと思って作り直しました。

そもそもうちの会社には人事や広報はいなかった。今までは総務の人が片手間で採用をやっていたそうです。

仲卸の仕事は朝早いイメージがあるし、若い人にはあんまり人気のない職だったので、人事や広報にお金をかけても、人は入らないってみんな思ってて。必要性を感じてなかったんだと思う。

でも、このままいけば人は減っていく一方です。ここ10年のうちで採用したのは2、3人くらい。僕がここの会社に入って7年くらい経つんですが、3年前まで僕が会社の最年少でした。それくらい社内の高齢化は進んでます。

会社の3代目って自分で言うのは好きじゃないんですけど、僕はゆくゆく会社を継ぐ立場です。周りにも「あと10年後くらいにはお前が社長になるんだぞ」って言われるけど、僕が社長になったときには、従業員の誰が残ってるのかなって。

会社が儲かろうが儲かるまいが、「人」がいなかったらどうにもならない。この会社に一番必要なのは人事と広報だと思って走り始めました。

ーー本間さんが未来の危うさに気づいて、旗を振り始めたんですね。

本間:魚屋の仕事しかしてなかったんで、最初はよくわからないながらも、ライターさんデザイナーさんに協力してもらいながらパンフレットやホームページを作り直しました。デザインの打ち合わせとかって今までやったことない業務だったのですごく楽しかったですね。ゼロから何かをつくる感覚がいいなと思いました。

あと、ライターさんからインタビューを受けた時に「一鱗さんってめっちゃ面白いことしてますね」って言ってくれて。最初は「何がいいんじゃい!」って正直思ってたんですけど、パンフレット作成を進める中で自分たちのやっている事業って面白いかもしれないって思えるようになりました。

本間:パンフレットとホームページが出来上がった時は感動しました。これはいけるかもしれないって。実際にこのパンフレットができてからは、ありがたいことに新卒の採用に繋がり、「一鱗酒場」のオープンにも繋がりました。

周りの社員からの理解はまだまだ追いつかず、「何してるの?」って聞かれることも多いですけど(笑)こうして動きが実を結んでいるのはありがたいですね。

ーーすごい広がりです!「一鱗酒場」は居酒屋ですよね?どんな背景があってオープンに至ったんでしょうか?

本間:夜パフェなど飲食店を経営する株式会社GAKUの代表、橋本さんにお会いしたのがきっかけです。偶然イベントでお会いしたんですよね。出来立てのパンフレットを橋本さんにお見せしたとき「これめっちゃいいね!」って言ってくれたんです。

「でも、なんでこんなカッコいいもの作ろうと思ったの?」って聞かれて、ふと口から出た言葉が「お客さんが自分が卸した魚を食べているところを見たい」だったんですよね。

じゃあコラボして飲食店やろうよってことで、橋本さんのおかげでうちの名前「一鱗」を付けてお店のオープンが決まりました。

ーー仲卸の業界では、なかなかコラボしてお店をオープンすることもないですよね?

本間:ほとんどないと思います。やり始めた当初は「一鱗共同水産、何やってるんだ?」みたいな声が大きかったですね。

一鱗酒場(写真提供:一鱗共同水産)

一鱗酒場も目的はぶれていません。広報の一つとしてやっていて、一鱗酒場をきっかけにうちの会社を「面白い」と感じてもらえたらいいなと思ってます。

外部の採用ページや広告にお金をつぎ込むことはできるけど、それが本当に採用につながるのか?自社の資産になるのか?は、よく考えてます。一鱗酒場もパンフレットも、すぐに利益にはならないかもしれない。でも未来に残っていく貴重な資産になると思っています。

一鱗酒場をきっかけに自分自身、いろんな人と出会う機会も増えました。魚屋の枠にとらわれず、可能性を広げていけると感じてます。

仲卸の枠を超え、出会いを優先したい

ーー本間さんが出会いや人を大事にされているからこそ、事業が広がっていったんだと印象を受けました。

本間:いえ、自分が成し遂げたことは一つもないと思ってます。

パンフレットも自分で作ったわけではないし、一鱗酒場も橋本さんがいたからできたこと。出会う人みんな、すごい人ばっかりなんです。その人たちのおかげで今があるというか。

入社当初はとことんレールに乗っかって働こう!って思ってました。でも、レールに乗っかるだけでは面白い方向には進まない。仲卸の枠を超えて、人に出会うことで楽しさを知りました。

唯一自分ができることといえば、「寝ないで働くこと」ですね(笑)起床出勤はだいたいAM1時。3時には市場に行って、魚の仕入れを始めます。大体お昼には仕事が終わるんですけど、他の会社さんの時間に合わせると午後に打ち合わせも入りますよね。そうすると僕の出勤時間は2時〜17時。そのあと会合に参加して帰ってくるのは夜22時です。

ーーということは、約3時間くらいしか寝てないということですか?!

本間:僕はまだまだ知識もテクニックもないので、周りのすごい人たちに追いつくには寝る時間を削ることしかないと思ってるんです。普通やらないですよ、こんなこと。でもそんな自分の頭の悪い生き方が意外と好きです。

原動力は「先代を超える」

ーー寝る時間を削ってまで、一鱗共同水産を背負い、広げていく本間さんの原動力が気になりました。

本間:僕は身内に勝ちたくてやってます。小さいときから父親をライバル視していて、この会社に入るからには絶対に勝ってやろうって。

元々高校教師の仕事をしていたんですが、その時「学校の先生って休み多くていいな」って言われたことがあって。

本当はそうじゃないんです。有給取らないと休めないし、こっちも大変なことやってるのに言われたくない!って悔しかったんですよね。

で、考えたんです、父親に勝つにはどうすればいいか。出した答えがこの会社に入ることでした。同じ舞台に立って言い訳されないくらい、力をつけてやろうって。

入ったからには父親に勝ちたいし、この会社を立ち上げた初代の祖父にも負けない働きを見せたいと思ってます。

ーー初代のお祖父様はどんなことをされていた人だったんでしょう?

本間:祖父は周りから市場のレジェンドって言われてます。顔は怖いけど、気遣いができてみんなに愛される人でした。

一鱗共同水産の売上の記録も、祖父がいた時がダントツ一番です。それを超えてやろうって僕は思ってますけどね。

時代は違うので「超える」っていう定義は難しいですけど、会社に変革をもたらしたい。いかに「僕はこの会社で〇〇を残した」って言えるかだと思ってます。なので目標は創業者を超えることです。そのために全力でやってます。​​


後編は11/9(水)に更新!
本間さんの想像を絶する過去体験、そして未来に残したいものをうかがいます。

本間雅広(ほんま まさひろ)
■一鱗共同水産株式会社 経営企画室室長
■一鱗共同水産公式サイト:https://www.ichiuroko.co.jp/
■公式SNS: Instagram / Twitter / Facebook
■一鱗酒場:https://www.hotpepper.jp/strJ001250855/

魚のいる未来を選びたい!クラウドファウンディングに挑戦し、目標金額を達成。

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この記事を書いた人

三川 璃子

「拝啓、未来」編集長
想いをていねいに綴る。その人の“ありのまま”の言葉を大事にしています。